切子職人になるには?綺麗事なしの修行・独立の現実を職人が解説
切子工房 箴光>
独立切子士の好奇心備忘録>切子職人になるには?綺麗事なしの修行・独立の現実を職人が解説
【執筆した切子職人の自己紹介】
切子工房 箴光(しんこう)を代表します独立切子士の斉藤光(さいとうこう)と申します。
江戸切子の工房で修行してから独立し、「公益社団法人 日本工芸会」という人間国宝の先生が所属する団体に、正会員2名に推薦を受けて所属しております。
営業担当や外注して記事を書くライターではなく、このホームページ自体を切子職人である私自身がプログラミングして文字を入力しております。
わたくしの詳細なプロフィールについてはこちらのページをご覧ください。
↓
「切子職人紹介」
切子職人(江戸切子職人)になりたい人が世の中にはいると思うので、私がサラリーマンから切子職人になった経緯と感じたことや裏話など紹介したいと思います。
私は薩摩切子職人ではなく、江戸切子職人の工房に就職してその後独立しております。
現在は、江戸切子職人と切子作家の中間のような立ち位置で切子職人として仕事をしているので、江戸切子職人系統の話になります。
おおむねこのページを見ている1%くらいの人が江戸切子職人になれるかなれないかくらいの状況かと思います。
かなりの狭き門であることは間違いないですし、運やらご縁やらも絡むランダム要素もあると思います。
参考程度に、今では私はこのような作品を作るに至っています。

江戸切子の工房に就職する前にしていたこと
私は新卒から元々は建設系の東証一部上場の経理として働いていました。
プロフィールに私の人生の詳細を書いていますが、20~29歳まで一般企業で働きました。
個人的にはこの新卒で一般の会社で働いていた経験は、
・一般社会の常識やビジネスマナー
・文書の作成の仕方
・メールの送り方
・上司や後輩との距離感やバランス感覚
・仕事の進め方 |
などあらゆる面で現在の大きなプラスになっていると感じています。
この一般のビジネスマナーを持った江戸切子職人というのはかなり貴重な状態になっているかと思います。
もし新卒で切子業界に就職していたなら私は今頃一般常識も知らない仕事の進め方もわからないぶっきらぼうで高圧的でいわゆる一般的な怖いイメージの職人になっていたでしょう。
多分、少しのことで激怒して物を投げる職人になっていたと思います。
私は働きながら週1か週2くらいで25歳から江戸切子教室に4年間通いました。
元々は趣味でやっていたのですが、29歳の時に会社を辞める要件が7~9個くらい自分の中で思いついて、それならば流石に辞めて、人生一回は冒険してみようと思いました。
大安定だった東証一部上場の会社を辞めてから工房の就職先を探し始めました。
仕事で身動きが取れなかったので、先に辞めてから考えることにしたのですが、これは基本的には工房で働くところが決まってから辞めた方が絶対良いので注意してください。
のちほど説明しますが、すぐに江戸切子の工房で働ける可能性は非常に低いからです。
江戸切子の工房の就職活動の実際の話、注意点
資格は職人紹介のところにあるように経理(簿記)の難易度が高いもの(日商簿記1級、全経上級、建設業経理士1級)をもっていましたので、もし切子職人になれなくても経理で再就職は出来るだろうと思った点も冒険に踏み出せる要因でした。
人生を冒険しても過去の努力の積み重ねによって、少し保険が効いている状態でした。
万が一、江戸切子の工房に就職出来ても、非常に過酷です。
工房に就職してから超絶ブラック企業だったことに気付いたり、職人のきつい縦社会にメンタルをやられるなど、工房に就職してもドロップアウトする確率が非常に高いです。
あれだけ江戸切子職人なりたいと思って、江戸切子の工房に入社した人でさえ、かなり離職している業界ということは理解しておいた方がいいです。
江戸切子職人になるという夢を利用して、いわゆる「やりがい搾取」を行っている工房もかなり多いイメージです。
しかしこれは寿司職人などもそうですが、職人系の仕事では一般的な出来事なのかもしれません。
元々いた江戸切子教室では教室に通っている人の中から上達してきた人が工房に就職できる可能性があるという話は前々から聞いていたので、いざ講師の方に聞いてみると、今度説明会を開くので来て下さいということでした。
説明会にいってみると参加者は32名ほどいて、その中から2名しか採用しないとのことで、かなりの狭き門です。
テレビでは「後継者が居ない」と言いますが、実際の事実は江戸切子の工房に就職を希望する人は非常に多いです。
カットする機械の台数が限られているとかで受け入れの限界があったりもします。
私のような独立して1人で運営している工房の場合、毎月安定したお給料を払うことができないから働く人を募集していないという工房も多いです。
実際には、テレビで華やかな江戸切子の世界を見て、夢見たとてもたくさんの人が応募をしては、就職できずに夢を諦めているという状況が事実です。
なので工房に就職しようとしている人はまず「職人の募集自体が今は無い」という現実に直面すると思います。
32名の応募者は、私のようにそこの工房の江戸切子教室にずっと通ってる人の他に、美術大学に在学でガラス関係を専攻していた20歳前後の人も多く居ました。
私は書類審査を合格し、最終面接になりました。
最終面接に進んだのは6人だそうです。
しかし最終面接では圧迫面接を受けてこの工房に非常に大きな不安を覚えました。
「給料は安いから結婚できない」
「毎日朝早く来て車を洗車してもらう」
「週に何回か夜21時まで仕事があって残業代は無い」
というような募集要項とは違ったり、書いて無いことを半ば強要のような形で問われました。
夢や目標を利用して立場の強い経営者が従業員をこき使うことを「やりがい搾取」と言いますが、まさにそういう体質の工房でした。
でも、かなり多くの江戸切子の工房はこの体質だと思いますので、それは覚悟しておいた方がいいかもしれません。
面接が終わって自分の人生が間違った方向に進むかもしれない恐怖を感じました。
「多分ここは就職したとしても合わなくて辞めるだろうな」と思って期待しないで次を考えていたところ、不採用の通知が来たのでホッとした側面もあったことを今でも覚えています。
後日談ですが、受かった人も風の噂で半年後くらいにすぐに辞めたそうです。
それから採用募集の表記が無くても5社ほど問い合わせましたが、
・返信が無い
・今2名採用したばかりで、採用していない
・今は採用していない
などの状況でした。
職人になることは冒険の1つだったので、もし次の1社でダメだったら職人には縁が無かったってことで経理に就職しようと思いました。
最後の1社に連絡すると、採用はあまり考えて無いがとりあえず面接はしてくれるとのことで面接に行きました。
面接で色々話して「3か月アルバイトをやってもらってそこで見極めさせてもらう」とのことになってなんとか切子職人への道は開けた、というような状況になりました。
その働き始めた江戸切子の工房では、先ほど話したような職人の世界の風土はありつつも、1社目のところよりかはるかに人権を尊重してくれてるなという感じで、そういう工房に就職出来たのも本当に運が良かったです。
本当に運が良かったと今でも強く思います。
江戸切子職人になるのに必要な資格などは無く、仕事の中で技術を身につけていくというイメージです。
とはいえ、江戸切子教室に通って少しカットが出来る状態だと喜ばれると思います。
自分の体験を書いてきましたが、まとめますと、
・まず一般企業を経由してから職人になった方が良い
・職人には採用の時期があり、すぐに就職できないことの方が多いかもしれない
・基本的にはいわゆる超の付くほどのブラック企業を想定して就職すること
・ミスしてしまった時にもリカバリーがきくように保険となる逃げ道を自分で作っておいてから行動すること
あたりを気をつけてほしいなという印象です。
江戸切子の工房に就職してからの厳しい現実のイメージ
もしあなたが江戸切子の工房に無事就職できたとしても、かなりの過酷な労働条件、いわゆるブラック企業並みの職場で昇給無しの修業時代を10年以上は行う必要があります。
パートナーが働かず、1馬力なら賃金的に家庭を持つことはまず不可能ですし、人並みの生活を送れる人生になるとはまず思わない方がいいでしょう。
そして、就職した江戸切子の工房で何十年も修業を積んで、上の人に認められてようやく江戸切子職人になれます。
その頃あなたは30代半ば~50代半ばくらいになっていると思います。
年収は350万円くらいでしょうか。
※参考 「江戸切子の修業時代の給料」
(このページの最後にもリンクがあります)
その頃、周りの友達は家庭があって年収は500~700万円くらいになっており、貯金をしながら子育てをして人生を着実に進んでいるのを目の当たりにして自分が自分の未来を捨てたことを実感すると思います。
人生はお金だけでは無いことは間違いないですが、それでも厳しい現実に直面すると思います。
自分の人としての人生を捨てて江戸切子職人としてそれだけを生きる覚悟を持った人だけが江戸切子職人になれます。
私のように独立した場合は、例え江戸切子の工房で学んだ正当な伝統的な技術で製作しても江戸切子職人や江戸切子を名乗ることはできません。
江戸切子組合は新規の事業者を一切受け入れていないので、永久に江戸切子職人にはなれない可能性が高いです。
江戸切子職人の世界はそういう世界だということを認識しておいて下さい。
全てを捨てる覚悟が無いと江戸切子職人にはなれません。
あとは大手の江戸切子の工房だと5人くらいの職人が働いていると思います。
5人で大手!?と思うかもしれませんが、実際かなり大手です。
その場合、師匠に弟子入りと言うよりかは、企業に就職して上司に教えてもらうみたいなイメージです。
私もそのような感じで働いていましたが、一応上司にあたる人は師匠と呼んでいました。
でも、師匠と弟子のように厳しい関係ではなく「〇〇さん、俺昨日はこういうことがあったんですよ~」みたいな雑談をするような一般企業の上司と部下に近い関係でした。
ただ、仕事の話になると強い縦社会がありましたので、仕事に関しては私は一切の口出し厳禁で「なにお前ごときが口出そうとしてるんだ」くらいの圧力はありましたので、修業期間の4年間に仕事の方針で意見を言ったことは一度もありません。
一方で、1人で工房を運営していて、切子の仕事をする人が1人のような工房は「弟子入りする」という感じの呼び方になると思います。
江戸切子の多くの工房は1人で運営しているところも非常に多く、3人以上で働いているところは大手という認識で良いと思います。
私自身も今1人で工房を運営しているので、もし私のところで仕事をしたいと言った場合、「弟子入り」という感じになると思います。
ちなみに私は月給25万円を出して、誰かに安定したお給料を支払うことはまだ出来ませんので、弟子は取れない状況です。
多くの工房も私と同様に支払える給料が無いのを理由に弟子入りを断る方もたくさんいらっしゃると思います。
なので、江戸切子の工房で働く場合は複数人が働いている大手の江戸切子の工房に就職という形が一番現実的なルートにはなりそうです。
余談ですが、私の友達が落語家の弟子入りをしたという話を聞いて、実際に落語を見に行きました。
その後の懇親会に参加しましたが、弟子である友達は普段とは全く違う様子でひと言も発さず、師匠の許可があるまで席に座ることができず、見に来てくれたお客様のお酒を注いだりして雑用をずっとしていました。
1時間くらい経過して「座っていいぞ」と落語家の師匠が言うと、ようやく友達は席に着きましたが、いつでも雑用ができるように食事には手をつけず、ひと言も発さずに師匠の指示が出るまで待機していたという感じでした。
友達が普段のひょうきんな姿とはうって違って、軍隊のように厳しく、真顔で笑顔をひとつ見せずに従事していたので驚きましたし、多分これが師匠と弟子の厳しい本当の関係だと思いました。
江戸切子の工房を辞めて独立後の実際の話
私のその後の独立の話を書きます。
33歳で独立した1年目は資本金500万円に加えて収入が1年間全くゼロでしたので、生活費毎月20万円で240万円の合計740万円が銀行口座から消えました。
この740万円は一般企業で働いていた時に貯めていたお金です。
修業時代にキャッシュを貯めることはほぼ不可能だと思いますので、新卒で江戸切子の工房に就職していたら、独立する資金も無く、多分詰んでいました。
多分、多くの人が詰んでると思います。
アルバイトで延命をしながら事業を構築するという選択肢もありましたが、アルバイトに時間を割いているようでは本末転倒、何のために独立したのか意味がわからないと思いました。
なので、収入ゼロで貯金がみるみる減っていく地獄のような状態に非常に強い不安と焦りを感じながら、成功するかどうかもわからない事業の構築を最優先で進めるという判断をしました。
これは切子の世界だけではなく、全ての伝統工芸の世界では、基本的にアルバイトをしながらなんとか生きている人がほとんどで、非常に一般的なことです。
なので、アルバイトは絶対しないと決めましたが、みなさんは生活費を確保しながらやった方が良いと思います。
会社に依存しないで自分個人の力で1円でも良いから稼ぐということがどれだけ難しいかを知ります。
たったの1円すら普通の人には稼ぐことは出来ません。
間違いなく33歳の独立1年目の時が釜の底の人生の中で最も地獄の中に居たと断言できますし、将来的に見てもそれは揺るがないと思います。
一般企業で会社員時代に貯めてきたお金が一瞬で無くなり、破滅の足音が聞こえるようになりました。
メンタルの強い私でもかなり滅入っていたので、並大抵のメンタルでは精神病にかかっていたと思います。
修業時代の額面月23万円の安定した毎月のお給料がどれだけ高い金額をもらっていたのか痛感しました。
私は修業時代の工房から大金を頂いていました。
資金が来月にも底をつくのが確定していた時に、運が良く、初めて大きな仕事が入った時は夜道をボロボロ泣きながら歩きました。
涙が止まりませんでした。
その仕事を最初は1日13時間を3か月くらい続けました。
常に破滅が隣り合わせに居たからですが、今思うと狂気的に仕事をしていました。
その後も運良く、次々に別の会社からの仕事が決まりました。
今はなんとかご飯を食べれるようになりましたが、切子の仕事一本だけで生きれるのは全国的に見てかなり稀です。
私は本当にまっさらなただの人間、修業していた工房を辞めて無職でなにもやることが無い平日に路上をうろついている人と言われればその通りと言わざるを得ない状況でした。
そこから自分で事業を構想して今にこぎつけており、非常に過酷な独立をしました。
0から全部自分の頭で考えて試行錯誤し、失敗を繰り返しながら工房を構築しました。
なので、私自身が「切子工房箴光」そのものであると思っています。
切子職人だからと言って、切子の仕事だけしてればそれで良いなんてそんな楽で簡単で甘い世界ではありません。
全部自分で構想して、仕事の流れが出来るように自分で会社が回るように利益が出る会社のシステムを組んでいきます。
教えてくれる人は一切居ません。
全てのものがなんの欠点もなく、高いパフォーマンスを出して、ようやく1円の利益が出るようになります。
1円の利益が出るようになるだけで、生活できるレベルには全くならないので、ようやくそこがスタートラインに立てたという状況です。
会社のシステムのどれか1つ欠点や欠けている部分があると明確に1円の利益も出ません。
これは独立して自分でやってみてわかったことです。
これだけのことをした自分の努力もありますが、それでも運やらご縁やらが無かったら私はきっと人生を破滅していたと思います。
世の中では人知れず、江戸切子職人や切子職人を目指して人生を破滅した人がたくさんいると容易に推測できます。
切子教室から機材をそろえていきなり独立しても厳しい現実しか待っていないと思います。
覚悟を持ってやりたいという人はやはりどこかの江戸切子の工房に修業に入ってお給料を頂きながら技術を磨くのが良いのではないでしょうか。
自分で独立するにしろ、江戸切子の工房で修業するにせよ、いずれの道でも安定した人生を捨てて茨の道を進むことになるかと思います。
若い人で「覚悟はあります!俺は絶対やります!」と息巻いてその後、数年で江戸切子の工房にも就職できず、静かにフェードアウトして消えていった人たちを何人か見てきています。
個人的にはなかなかに過酷な世界なので安定したお給料を頂くことができる一般企業でルーティンワークをしながら休日を待望するようなそんな生き方もとても良いと思います。
ここまで読んでもらった通り、表面的な綺麗な世界とは違って、成功できる人はほんの一握りの世界が江戸切子、切子の世界です。
しかし、これは全ての伝統工芸品の世界で言える話なのかもしれません。
伝統工芸の切子という世界を私が今見せただけで、世の中には他の分野の伝統工芸でこのようなきつい経験をされている方がたくさん居るはずです。
私がこのページで書いたことや下記のリンクには世の中には絶対に出てこない重要な内容がかなり含まれていますので、参考にしながら覚悟をもって、江戸切子や切子の世界に望んでみてください。
「江戸切子職人の修業時代の給料と年収を元社員が解説」
「江戸切子教室の体験談」
「江戸切子の工房を辞めた時の心境」
のページも参考になると思います。
それでは!
「独立切子士の好奇心備忘録」に戻る。